私が初めて葬式に立ち会ったのは小学校六年生の時。おばあちゃんのお葬式だった。
その時はいきなりの事で、今でも驚くことに涙は流れたが悲しみがあまりなかったのが確かだ。
おばあちゃんがこの世から旅立った。
それが私の心に浮かんだことだ。会えなくなるなんてことは考えもしていなかった。
お葬式は不思議な感じがしたのを覚えている。皆泣いていた、特におじいちゃんは奇跡までを期待しているようだった。
私がおばあちゃんの死を感じたのは火葬場での事だ。
十分遅いかもしれないが私の場合はその時だった。
色が白くなり冷たくなったこと以外は眠っているように横たわったおばあちゃんだが、火の窯の中に入れられ出てきたのは真っ黒な灰と骨の残骸と異臭だった。そこにあるのは人間ではなかった。
おばあちゃんは死んだんだ。
人間の儚さが身に染みた。まさに刹那。
その人生の全てをお葬式に詰め込むなんて無理だ。喜びも悲しみも楽しみも一瞬で灰になる。
お葬式とはきっと生人にもっと人生を楽しめと伝える、死者からのメッセージなのでは?
私はそう思った。おばあちゃんがそう伝えた気がした。
お葬式は死者から生人への最後の言霊。私がそれをどこまで読み取れたかは分からないが、確かに言霊はあった。
お葬式は悲しがるだけではない、きっとすいうものなのだろう。私はそう思った。